■スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

■対中外交の無残 

(あちこちで同様の記事が書かれているが、私もひとこと)
 24日、来日中の呉副首相(別名「シナ婆」というらしい)が申し込んでいた小泉首相との会談を非礼にもドタキャンした問題が火をつけた格好で、日中関係が一気に悪化した。中国は、この期とほぞを決めて、仕掛けてきているのではないだろうか。いつものことだが、少しいつもと違ってなりふり構わなぬところがある。

 中国は、どんどん押してくるのに対して日本は押されっぱなしである。
 中国は先般の反日デモの謝罪も補償もしないままで、これを明らかにうやむやにしようとしている。
 武部・冬柴両幹事長は、中国詣での最中であるが、言われっぱなし。武部幹事長などは「少しは評価してもらいたい」などと哀れみを乞うているばかりでなく、「国民の間には、(中国は)内政干渉だと言う声がある」などと、まるで他人事のような言い方で無責任発言をしている。おまけに、それを撤回させられており、もう、目を覆うばかりである。

 そして、中国の孔泉報道官が自国のことは棚に挙げて日本非難を堂々と繰り返すのに対して、我が細田官房長官にはまったく迫力がない。2人の発言シーンだけ比べれば、日本が悪いように見えるほどだ。そして、今日(25日)の夜のニュースによると、記者会見で「非生産的なので、もうこの件はコメントしない」などと逃げを打ち出した。
 「負け」である。それも「完敗」。
 
 今回の一連の事象のの中で、中国が執拗に取り上げているのは、「靖国」である。
 前にも書いたが、わが国にはまったく非がない。事実無根の言いがかりである。
 靖国は、わが国における感謝と鎮魂の場であり、完全な国内問題。したがって中国による明らかな内政干渉である。日中間の諸条約にうたわれている「相互内政不干渉」の文言に完全に反する。
 そもそも、国難に殉じられた方々にお参りするのはどこの国でもやっていることであり、日本だけが中止を強要されるいわれはこれっぽっちもない。
 戦犯云々もまったくの的外れ。東京裁判は裁判の名を借りただけの茶番劇であり、裁判ではないのだからこれに拘束される必要はない、とキッパリと言えばよいのだ。
 日本では、その後丁寧にも、4000万人の署名を受け、法律を改正し、戦犯ではなく公務死とした。そして、当時の手続きに基づいて靖国に合祀したのだ。
 他国にとやかく言われる筋合いは全くない。特に、軍事費を毎年2桁増やしつづけ、武器を輸出し、チベットに侵略している中国には言う資格など全くない。
 本当に政府はしっかりしてもらいたい。
 「ピンチはチャンス」は誰かの言葉だが、このような機会に上のようなことを負けずに言い続ければ、世界も関心を持ち、その正しい姿を知ることになるはずだ。「もうコメントしない」などといわずに、孔泉などに負けずに、声高に主張すべきだ。
 それに中国は日本にそっぽ向かれると困るのだから、突き放せばよい。

 先日、石原都知事は沖の鳥島に上陸し日本領土であることを大いにアピールしたが、今、芯のある外交をしているのは都知事だけではないだろうか。
 そのほかは、皆ヘタレだ。


■コメント

■コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

 

最近のトラックバック

訪問履歴

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。